Dec 23, 2009

日本の平成不況と個人破産

日本は長い長い平成不況を経験しているわけですね。この長い不況から脱することができないまま、私たちは日常生活を生きていることなので、その結果、仕方ない借金を背負ったしまうとしたことですね。その時は自己破産しかないのですね。自己破産平成不況の負の遺産から適切に脱皮しなければですね。
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 公道で前輪ブレーキがない競技用自転車「ピスト」に乗っていたとして、川口署は11日、川口市内に住む服飾会社経営の男性(31)に対し、道路交通法違反(制動装置不良)容疑で刑事処分の対象となる交通切符(赤切符)を交付した。同署によると、ブレーキのない自転車運転での検挙は県内で初めて。
 川口署によると、男性は11日午前8時35分ごろ、川口市舟戸町の国道で、前輪にブレーキの付いていない自転車を運転したとしている。同署員が発見した。
 川口署によると、ピストは男性がインターネットで各部品を購入し、自分で組み立てたという。後輪にはブレーキがついていた。道交法は、前輪と後輪のいずれか片方でもブレーキがない自転車は公道を走ることを禁止している。
 ピストを販売するさいたま市内の自転車店は「見た目や流行から購入者がブレーキを外すケースがあった」と話す。ピストはスピードを出しやすく、片方のブレーキだけでは急には止まりにくいという。県警は取り締まりを強化する方針。【田口雅士】

10月12日朝刊

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 自転車の交通事故を防ごうと、県は11日、「県自転車の安全な利用の促進に関する条例(仮称)」の骨子案を発表した。同日から28日まで県民に意見を募集し、早ければ12月定例会にも条例案を提出したいとしている。県によると、自転車の安全について特化した条例が制定されれば、京都府に続き都道府県単位では全国で2例目。
 上田清司知事が9月定例会で「誰でも安心できる真の『自転車王国埼玉』づくりを図りたい」として、条例を制定し全国にモデルとして発信したいとの考えを示していた。
 骨子案では、歩行者、自転車、自動車が共に安全に安心して通行できることを目的に挙げた。施策としては「自転車安全利用の日」や「自転車安全利用指導員」を設けることなどを挙げた。また関係者の責務として、自転車利用者には安全対策を講じることや損害賠償保険への加入、事業者には従業員に対する啓発などを掲げた。
 意見は個人と法人から、郵送、ファクス、メールで受け付ける。問い合わせは県民生活部防犯・交通安全課(電話048・830・2955)。【西田真季子】

10月12日朝刊

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 ◇人口58万人
 鳩ケ谷市が11日、川口市に編入合併され、新しい川口市が誕生した。両自治体は1950年に一度分離しており、61年ぶりの再統合。合併により、県内の市町村数は1減って63(39市23町1村)になった。新川口市は人口約57万8900人で、今後、政令指定都市を目指す。【鴇沢哲雄】
 旧鳩ケ谷市役所の玄関前で行われた支所開所式には、職員など200人が参加。岡村幸四郎川口市長らがテープカットし、支所としての業務がスタートした。
 窓口では、同市里の主婦、井上真美さん(34)が、岡村市長から第1号の住民票を受け取った。井上さんは「子育て支援策などでいい点は継続してほしい。(合併で)街がどう変わっていくか楽しみ」と話した。
 岡村市長は支所勤務になる15人に辞令を交付した後、木下達則前鳩ケ谷市長から事務引き継ぎを受けた。岡村市長は「責任の重さを感じる。一体感を生み出しながら、合併してよかったと思える行政をすすめたい」と決意を語った。
 自宅が川口市で、経営する鋳物工場が旧鳩ケ谷市にある辻井健郎さん(62)は「生活圏の近さや将来の財政状況など考えると合併は自然。互いの利点を生かし、うまくやっていければ」と話した。
 新川口市の総面積は61・97平方キロ(うち旧鳩ケ谷市分は6・22平方キロ)で県内で18位。人口約57万8900人(同6万1700人)は、さいたま市に次ぐ規模となる。
 旧鳩ケ谷市の制度は川口市の制度に統一されるため、旧鳩ケ谷市民にとって、下水道料金などは安くなるが、介護保険料などは上がる。鳩ケ谷市議14人(定数15)は失職し、11月6日に川口市議の増員選挙(定数5)が実施される。
 全国の市の面積は、蕨(5・10平方キロ)が最小で、鳩ケ谷は2番目に小さかった。合併により、東京都狛江市(6・39平方キロ)が2番目に狭い市に繰り上がる。
 ◇3市合併破談の後、生活圏一体化後押し
 川口と鳩ケ谷は1940年に軍需産業の拠点づくりという国策で合併した。しかし、50年に鳩ケ谷に分離機運が高まり、住民投票などを経て合併を解消した。
 再び合併が動き出したのは、蕨を含めた3市の合併協議会が設立された2002年。自治体の広域化で行財政基盤を強化し、地方分権の推進などをめざした「平成の大合併」構想を受けた動きだった。
 合併論議は進んだものの、04年に法定合併協議会で「武南」が新市名に決まった直後、3市合併は頓挫した。人口比で圧倒的だった川口が反発し、協議会を離脱したためだ。
 その後、鳩ケ谷の住民調査で8割が川口との合併に賛成するなどしたため、06年に「合併実現」を公約に掲げた木下達則市長が当選すると、再び両市の合併機運が高まった。
 川口は鋳物で栄えた職人の街、一方で日光御成道の宿場町だった鳩ケ谷とは文化的な背景は異なる。ただ、鳩ケ谷にとっては市境の9割を川口に囲まれるという地理的な条件に加え、埼玉高速鉄道開業(01年)などから住民同士に生活文化圏の一体化の傾向が強まったことが、今回の合併に結びついた。
………………………………………………………………………………………………………
 ◆新「川口市」までの経緯◆
1940年 4月 川口市が鳩ケ谷町などを合併
  50年11月 川口市から分離し鳩ケ谷町に
  67年 3月 鳩ケ谷町が県内26番目の市に
2002年12月 川口、鳩ケ谷、蕨3市の合併協議会設立
  04年 9月 3市の合併協議会が解散
  06年10月 鳩ケ谷市長選で木下達則氏が当選
  09年 1月 鳩ケ谷市が川口市に合併協議を申し入れ
  11年 1月 両市が合併調印式
  11年10月 両市が合併

10月12日朝刊

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