Aug 05, 2009

敷居が高く、需要が高い職種"webデザイナー"

webデザイナーは世界的なインターネット社会と現在では、目標としている人があまりにも多くの専門職の一つですが、web関連の職種はたくさんあり​​ますが、webデザイナーは、ウェブサイトのデザインなどを扱うためのデザインセンスが必要と敷居が高い職種だそうです、目標のある方は、デザインセンスに磨きをしましょう​​。
Web制作においてSEO対策をどうするかが重要です。 Webの世界では、検索サイトからのアクセスがほとんどで、SEO対策をすることなく、Web制作を行なっても、ほとんど見てくれる人がいないという悲しい状況になってしまいます。個人の日記などのサイトではない場合は、検索サイトの上位表示を目的としたサイト作成をしなければ、サイトを運営していく意味も薄れてしまいます。
 統一地方選の前半戦である静岡市長選、県議選、浜松市議選の三つの選挙は10日投票され、即日開票された。新人3人が立候補した静岡市長選は無所属の元県議、田辺信宏氏(49)=自民党推薦=が初当選した。通算5期17年務め、12日で退任する小嶋善吉市長(63)に代わる新市長が決まった。地域政党「減税日本」公認の元参院議員、海野徹氏(61)と無所属の前市議会議長、安竹信男氏(64)は敗れた。県議選は無投票だった5選挙区を除く28選挙区で、浜松市議選は7選挙区で開票作業が進められ、新議員が相次いで決まった。【統一選取材班】
 ◇経済活性化策で支持
 「東日本大震災の被災者のことを心にとめて選挙を戦った。市長に就任後、防災対策では、まず津波の避難場所を総点検する」。田辺氏は10日深夜、当選を確実にすると、静岡市葵区の選挙事務所で記者団にこう述べた。
 3人の新人が争った静岡市長選は自民党と連合静岡の推薦で組織戦を全面展開した田辺氏が初当選した。
 民主、自民両党の有力議員も相次いで応援に入り、3月11日に発生した東日本大震災後の民意の潮流をとらえようと、「緊急事態では国との太いパイプが必要だ」とアピールしたことも奏功した。
 事実上の一騎打ちとなった海野氏は告示を控えた今年3月、地域政党「減税日本」の公認を得て無党派層への浸透を図ったが、これをかわした。
 田辺氏は選挙戦で静岡市の観光産業と経済振興を訴えた。東日本大震災を踏まえ、「不安を安心へ」をキャッチフレーズに掲げ、防災対策に力を入れる考えを強調した。
 海野氏は、田辺氏の陣営の「相乗り」を批判。これに対し、田辺氏は「地方政治に永田町の争いを持ち込むべきではない」と反論し、海野氏の看板政策である減税を「目先の人気取りだ」と切って捨てた。
 田辺氏は支援の顔ぶれもそろえた。
 同じ松下政経塾出身の鈴木康友・浜松市長が応援に入ったほか、自民党は終盤、幹部を投入。石原伸晃幹事長も街頭演説し、てこ入れを図った。同党も「名古屋に続いて政令市の市長を減税日本に奪われるわけにはいかない」(幹部)と背水の陣を敷いた。
 民主党は当初目指した独自候補の擁立が頓挫し、最終的に「自主投票」を決定。しかし同党県連会長の牧野聖修衆院議員(静岡1区選出)は個人的に関係の深い田辺氏を支援。松下政経塾出身で田辺氏と交流のある同党の前原誠司前外相も静岡市に入り、支援した。
 ◇海野氏、組織の壁に阻まれ 安竹氏、知名度上がらず
 前回07年の市長選に続いて2度目の挑戦だった海野氏だが、今回も組織の壁にはね返された。ボランティア主体の草の根の選挙で、市政の刷新を懸命に唱えた。しかし、投票率は陣営が期待したほどには上がらず、有権者の関心を集め切れなかったことが響いた。
 選挙戦は、自民党と連合静岡が推薦した田辺氏との事実上の一騎打ちだった。ただ、海野氏は無所属で戦った前回とは打って変わり、「減税日本」の公認候補として立候補を届け出た。市民税の1割減税を掲げるなど無党派層にアピールする手法を徹底した。
 田辺氏を推薦した自民党陣営からは当初、「海野氏は知名度もあり、減税論の効果でじわじわと支持を広げている」と警戒する声が上がった。
 しかし3月11日に発生した東日本大震災で、選挙戦に「自粛ムード」が広がり、つじ立ちを重ね、草の根の運動で支持を広げようとした海野氏の選挙戦にもブレーキがかかった。
 さらに田辺氏の陣営は有権者に防災対策を求める声が高まっていることをとらえ、「減税より安全を守ることが優先だ」と反論し、海野氏の「減税論」は埋没し始めた。
 一方、小嶋市政の継承を訴えた前市議会議長、安竹氏は支持を広げることができなかった。
 安竹氏は「20年間、市議として市政や市の職員を間近で見てきた」と語り、3人の候補者のうち市政を最も熟知しているとアピール。観光による景気浮揚を訴えた。しかし安竹氏は市議時代、旧静岡市の選出。清水区での知名度の低さを短い選挙戦では克服できなかった。
 ◇投票率は52・58% 前回を上回る
 05年の政令市移行から2度目となった今回の静岡市長選の投票率は52・58%で、前回の50・76%を上回った。今回の市長選は、今期限りで退任する小嶋善吉市長に代わる市政のかじ取りを選ぶ意味があり、投票率は焦点の一つだった。
 選挙区ごとの投票率は、葵区54・64%▽駿河区49・71%▽清水区52・84%??だった。
 当日有権者数は58万4696人(男28万1336人、女30万3360人)。
 政令市への移行前を通じ、投票率が最も低かったのは02年8月の任期満了に伴う旧静岡市長選の27・91%。旧清水市との合併で新しい静岡市に移行したことに伴って実施された03年4月の市長選は57・37%と一定の関心を呼んだ。
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 ■解説
 ◇新人対決に「鮮度」あったか
 静岡市長選は3人の新人が立候補し、17年ぶりの新しい市長選びが有権者に託された。<70万市民の暮らしや命を、誰ならば守れるのか>。選挙の「本質」が切実に問われた市長選だった。
 東日本大震災が告示前、起きた。政治家の理念や覚悟、指導力の重要性を、有権者は痛感したのではないだろうか。政治家を選ぶ当事者が、有権者一人一人であることも。
 ところが、14日間の選挙戦は盛り上がりを欠いた。演説に、多くの人々が足を止め、聞き耳を立てる場面に遭遇することは少なかった。それは、大震災による遊説の「自粛ムード」のせいではない。
 「新人対決」ながら候補者の「鮮度」が乏しかったからだ。
 選挙は事実上、海野氏と田辺氏の一騎打ちだった。海野氏の挑戦は2度目。一昨年の知事選にも立候補し落選した。田辺氏は衆院選の静岡1区で2度挑み、落選した。
 この構図になった理由の一つは、政党の機能不全にある。民主党、自民党とも当初、独自候補を擁立すると発表していた。しかし両党とも結局、「約束」を果たさなかった。
 だからこそ有権者は、政策の鮮度と濃さを候補者に期待したはずだ。しかし3人の訴えは有権者の関心とかみ合ったとは言い難い。「新しい市長を選ぶ」という高揚感が市民に乏しかったことが象徴している。新市長には田辺氏が選ばれた。候補者から市長になる13日の初登庁後、どんな施政方針を示すのか。注目している。【小玉沙織】
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 ◇過去の静岡市長選の投票率
 <合併前の旧静岡市時代>
1975年4月27日 76.49%
1979年4月22日 72.39%
1983年4月24日 68.85%
1987年4月26日 70.25%
1991年4月21日 61.63%
1994年8月28日※53.10%
1998年8月 2日 33.93%
2002年8月 4日 27.91%
2003年4月13日 57.37%
  <政令市に移行後>
2007年4月 8日 50.76%
 (注)※は現職市長の辞任に伴う選挙
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 ◇静岡市長選、開票結果=選管最終発表
当 135,224 田辺信宏 49 無新
  125,419 海野徹  61 減新
   39,275 安竹信男 64 無新
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 ◇当選者略歴
田辺信宏(たなべ・のぶひろ)49 無新(1)
 静岡産業大講師▽早稲田大マニフェスト研究所客員研究員[歴]松下政経塾研究員▽西田学園トフルアカデミー静岡事務所所長▽旧市議▽県議▽松下政経塾政経研究所副所長▽早大院=[自]
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 ◇政令市長略歴の見方◇
 ▽氏名▽年齢▽党派▽現元新の別▽当選回数(カッコ内数字)▽職業・肩書([元]は前職を含む)、[歴]は過去の経歴▽学歴。=以下は政党の推薦・支持
 ※政党略称は、自[自]=自民、減〓=減税日本、無[無]=無所属

4月11日朝刊

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