Sep 06, 2010

さらに国内旅行を楽しもう

もうそろそろ紅葉も見ごろを迎え、山は華やかな色彩いる頃ですね。このように、秋は紅葉、春には桜と四季折々の色彩を鑑賞することができる日本という国は、本当に素敵な国でしょう。冷静に考えています。海外でももちろん良いのですが、もっと国内旅行を楽しみたいもの。私は海外旅行より国内旅行派、です。
私は沖縄に住む41歳の男性だが、自分が中学校の時の卒業旅行は九州でした。それも船に乗って。小学校は覚えていません。以上のように高校生の時代にも記憶されていません。おそらく行きと思っています。または希望者のみで、自分は参加しないのではないかできなかったか。しかし、最近の卒業旅行はすごいですね。本土から簡単に沖縄にきたり、中に中学生が、小学生北海道。適当にしてくれと言いたいですが時代の流れでしょう。
 JR別府駅が16日、開業100周年を迎えた。駅同様に今年開業100周年を迎える亀川、東別府両駅の地元関係者らも招いて記念式典があり、別府観光の父、油屋熊八のそっくりさんなども登場。構内は祝賀ムードに包まれた。
 ステージには、熊八のそっくりさんとして知られる二宮誠さんが丸眼鏡にコート姿で登場。ユニークな方法で別府観光を日本中にPRした熊八の功績などを、本人に扮(ふん)して“自己紹介”した。また、亀の井バスガイドの藤川聡子さん(19)と河野広恵さん(20)が、熊八が少女車掌を採用して始めた地獄巡りバスの当時さながらに、七五調のガイドを披露した。
 式典後にホームで列車の出発式に臨んだのは元駅長の阿部正弘さん(88)。出発の合図をするのは、77年9月、当時皇太子だった天皇皇后両陛下を迎えた時以来といい「制服を着ると背筋がピンと伸びる感じがする」と話していた。
 構内ではミニSLの体験乗車やミニコンサート、県内地域物産展もあり、大にぎわいに。別府リバイバル観光写真展や油屋熊八関連資料などは23日まで展示される。入場無料。【祝部幹雄】

7月19日朝刊

 台風6号の北上に伴って18日、県内でも風雨が強まった。午後4時34分、大分市で最大瞬間風速14・4メートルを観測。午後5時現在、佐伯市では降り始めの17日午後10時からの雨量が49・5ミリとなった。大分地方気象台は「台風は勢力を維持したまま北上し、速度が遅いため風浪が強く、総雨量が多くなる恐れがあり、土砂災害などに注意してほしい」と呼び掛けている。
 同気象台によると、県内は18日昼前には風速15メートル以上の強風域に入り、19日朝には25メートル以上の暴風域に入る見込み。県内への最接近は19日夕方になりそう。県内では19日午後6時までの24時間で多いところでは雨量300ミリ、海上で30メートル以上、陸上でも20メートルの暴風を予想。佐伯市の沿岸では、うねりを伴う10メートルの波を予想している。
 県内では18日、四国と結ぶカーフェリーの欠航が相次いだ。【古田健治】

7月19日朝刊

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 川の中でドラム缶を転がして時間を競う第5回ドラム缶転がしタイムレース(雲原砂防イベント実行委員会主催)が18日、福知山市雲原、公誠小学校前の雲原川で行われた。各チームとも重いドラム缶を力の限り川上へと押し上げ、優勝を目指した。

 06年に雲原砂防が国の登録記念物に指定されたのを機に、川と親しめるイベントを催し、砂防をPRしようと翌年から毎年実施している。
 
 コースの延長は150メートル。まずは2人で中間地点までドラム缶を転がし、そこで別の2人にバトンタッチして、ゴールを目指した。
 
 一般の部には男子24チーム、女子4チームが出場。コースには岩がたくさんあったが、手で押すリズムを合わせて乗り越えた。男子チームはゴール前の堰を越えなければならず、胸まで水に浸かりながら、最後の力を振り絞ってゴールしていた。
 
 川沿いでは、水しぶきを上げながらドラム缶を転がす各チームに仲間や地元の人たちが、「頑張れ」「もう少し」と声援を送った。
 
 このほか、30メートルを転がすちびっ子大会(出場7チーム)や親子大会(同19チーム)、魚つかみ大会などもあり、多くの人たちが川と親しんだ。
 
 一般の部男子で優勝した安田軍団は、1分59秒90の大会新記録で2連覇を達成。キャプテンの下元一男さん(24)は「雨が降って水量が多くなり、転がすのに力が要りましたが、連覇出来てうれしい」と話していた。
 

 地域のお年寄りの見守り活動などを行う那覇市民生委員・児童委員にこのほど、28歳の沖縄大学大学院生、小笠原快(かい)さん=那覇市三原=が委嘱された。小笠原さんは「顔の見える緩やかな関係を地域につくっていきたい。自分が活動を続ける中で、住民が『こうしてほしい、こうあるべきだ』と自治会に課題解決を求めるのではなく、自分のことと捉え『こうしたい、こうしていこう』と言い出すような地域になってほしい」と意気込みを語った。
 市民児連によると、小笠原さんは市内最年少の民生委員。全国民児連は「全国の委員の年齢データは手元にないが、50、60代が中心に活動している中で20代は異例の若さだ」としている。
 小笠原さんは東京の大学を卒業した後、児童養護施設で、施設に入所した子どもが再度、親と一緒に暮らす際の退所後のケアをする業務に就いていた。親子の周辺に住む子どもたちが自然と、入所経験のある子どもを囲むように遊んでいる姿を見て「こういうことができる地域が、これから必要になるのではないか」と考え、2010年、研究のため沖縄大学大学院に入学した。
 研究を進める中で「地域にもっと深く関わりたい、自分の住む三原をよりよい地域にしたい」という思いが高まり、10年に民生委員となることを申し出た。「地域相談支援センターの職員らの協力を得て、気になるお年寄りの家を少しずつ回っていき、顔を覚えてもらえるようにしたい」と地道に取り組む決意を語る。
 「地域の人にアンケートを取ると、三原のいいところのベスト3に『買い物がしやすい』という項目が上がった。皆が身近に感じているスーパーと連携して、編み物を教えたい、英語を習いたいなど住民同士の情報交換の場をつくれないかとも考えている」。地域をつなぐさまざまなアイデアを練っているという。
 小笠原さんは「地域に思いを持っている人はたくさんいるが、その思いを共有できる場がない。思いを持っている人同士をつなげられるような役割を果たせたらと思う」と目標を語り、「若い人も、地域のことをひとごとと捉えるのではなく、自分のことと思って関心を持ってほしい」。同年代やさらに若い人たちにもメッセージを送った。

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