Dec 24, 2010

年1回の家族の国内旅行

できれば年1回のご家族大勢の国内旅行をするようにしている。メンバーは私達三人の姉妹とその子供たち、時には親も参加している。今年は事情がなかなかつかず、弟、甥と3人で沖縄に行った。甥は今、中学生になってしまうので、すべて揃ってなんてのはもう無理なのかもしれないと思うとさみしく仕方がない。場合によっては、夫婦だけで国内旅行にでも行こうか。
私は沖縄に住む41歳の男性だが、自分が中学校の時の卒業旅行は九州でした。それも船に乗って。小学校は覚えていません。以上のように高校生の時代にも記憶されていません。おそらく行きと思っています。または希望者のみで、自分は参加しないのではないかできなかったか。しかし、最近の卒業旅行はすごいですね。本土から簡単に沖縄にきたり、中に中学生が、小学生北海道。適当にしてくれと言いたいですが時代の流れでしょう。
 ◇淡路市の小中学生「がんばれ」「笑顔」
 東日本大震災の被災地の子どもたちを元気づけようと、淡路市の小中学生約3300人が15センチ四方の白い布に激励メッセージを書き、縫い合わせて作ったメッセージキルトが完成。8日、市立志筑小で披露された。宮城県亘理町立長瀞(ながとろ)小、荒浜小、荒浜中に送られ、巡回展示してもらう。【登口修】
 同市人権教育研究協議会と北淡震災記念公園、市社会福祉協議会でつくるメッセージキルトプロジェクト実行委が、東日本大震災で被災した子どもたちに元気を取り戻してもらおうと、市内の小中学生に協力を呼びかけて制作した。
 各学校から集められた15センチ四方の白い布は、ボランティアが半月かけてミシン掛けして縫い合わせ、高さ1・2メートル、横約10メートルのキルト6枚に仕上げた。白い布には「がんばれ東北」「みんなで笑顔」などの励ましのメッセージと絵が添えられている。
 メッセージを書いた志筑小6年、清水佳奈さん(12)は「被災地の子どもたちが一日も早く元気になって、元の笑顔を取り戻してほしい」と話していた。
 メッセージキルトは夏休みに返却してもらい、北淡震災記念公園夕涼み会、淡路市人権フェスティバルで展示。2学期には新たな展示先を探すという。
〔淡路版〕

7月9日朝刊

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 ◇演奏会「99%は練習で決まる」
 県立芸術文化センター芸術監督で、指揮者として活躍している佐渡裕さんを招いた、中学生の吹奏楽クリニックが7日夜、洲本市塩屋の市文化体育館で開かれた。
 女性奉仕団体「国際ソロプチミスト淡路」の認証25周年記念事業。島内の9中学校の2、3年生の吹奏楽部員約160人が佐渡さんから指導を受けた。満員になるほど観客が詰めかけ、指導しているところを見学した。
 佐渡さんは白いTシャツ姿。全員で「アフリカンシンフォニー」を演奏し、パートごとにジェスチャーを加えながら、「みんなの気持ちをドキドキさせて」「細かいギアのように」「レモンを切ったら、酸っぱさが噴き出すような感じで」などと部員たちのイメージを膨らませるように指導した。
 合間にはトークもあり、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で指揮をとった時の気持ちなどを披露した。指導した後、全員で演奏。部員たちに「演奏会の出来は99%は練習で決まる。本番は1回しかないので大事にしてほしい」と呼びかけた。
 指導を受けた洲本市立青雲中吹奏楽部の山田遼子部長(15)は「感謝の気持ちを持って音楽をすることの大切さや、イメージを膨らませるように指導してくれたのが印象に残った。この体験は一生忘れない」と話していた。【登口修】
〔淡路版〕

7月9日朝刊

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 ◇被災者「優しい音色、癒やされた」
 西宮市職員の谷口博章さん(41)が、宮城県南三陸町の避難所や保育所などで、支援コンサートを行っている。谷口さんは今年4月、広報業務を支援するため同町に派遣され、2週間滞在。その時、大変な状況でも人を思いやる地元の人たちに魅せられ、継続的な支援を心に決めた。先月下旬、自費で再び同町を訪れ、得意のピアノで計5回のコンサートを開いた。「音楽で心安らぐ時間を提供できれば」と話す。
 入庁1年目にあった阪神大震災。谷口さんは納税課職員で、避難所へ毛布など物資を配布して回った。98年秋から広報課に異動し10年半所属。市報の発行やマスコミ対応をした。
 4月11〜26日まで、同町へ派遣された。同町は津波で役場が流されるなど、被害の大きさから国内外のマスコミが殺到。残された町職員が復旧業務に専念するためにも、広報経験のある応援職員を必要としていた。
 同町で谷口さんは、町長の記者発表の資料作りや進行を担った。また、「まとまった情報が、住民の手に渡ることが必要」と考え、止まっていた広報誌を再開させ、災害臨時号第1号を発行した。
 こだわったのは、1面に「町民憲章」を掲載すること。「海のように広い心で 魚のようにいきいき泳ごう<中略>大きな自然の手のひらに 抱かれている町 南三陸」。「住民の町への思いが詰まっている素晴らしい憲章。こんな時こそ、気持ちを一つにして、復興に向けて進んでほしい」と考えたからだ。
 派遣期間を終えてからも、町の様子が気になった。6月25〜27日、自費で同町を再訪。町立志津川中学校や避難所になっているホテルのロビー、保育所などで計5回のピアノコンサートを開いた。公務員の傍ら、ボランティアでコンサートに出演したり、コンクールでの受賞歴も多くある実力派。ショパンやリストなど、クラシック音楽を中心に、保育所ではディズニー音楽なども取り入れて演奏した。被災者から「優しい音色に癒やされました」と声を掛けられたのがうれしかった。
 次回の再訪日程は未定だが、谷口さんは「阪神大震災の時の恩返しをしたい。次は、ソプラノ歌手の妻と一緒にコンサートができれば」と考えている。【大沢瑞季】
〔阪神版〕

7月9日朝刊

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